大判例

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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)1541号 判決

原告

坂爪一夫

(ほか一四名)

右原告ら訴訟代理人弁護士

志村新

小木和男

被告

株式会社文英堂

右代表者代表取締役

益井欽一

右訴訟代理人弁護士

竹林節治

中川克己

渡辺修

吉沢貞男

山西克彦

冨田武夫

伊藤昌毅

主文

一  被告は、別紙請求金目録氏名欄記載の各原告に対し、同目録請求金額欄記載の各金員及びこれに対する昭和六二年六月二六日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

主文同旨の判決

仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告らの請求の原因

1  原告らは、昭和六二年四月当時被告会社に勤務し、毎月一〇日締切二五日払いの約定で別紙請求金目録賃金欄記載の賃金の支給を受けていた。

2  被告は、同月二三日午前九時一五分から午後五時までの休憩時間を除く六時間四五分につき、原告らが労務を提供したにもかかわらず、原告らに対する右時間に対応する賃金の支払を拒否し、同年六月二五日、別紙(略)請求金目録氏名欄記載の各原告の同年六月分の賃金から同目録請求金額欄記載の金員を控除した。

3  よって、原告らは、被告に対し、右控除された賃金及びこれに対する弁済期の翌日である昭和六二年六月二六日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する被告の認否

原告らの請求の原因については、原告らが労務を提供したとの事実は否認するが、その余の事実はすべて認める。

三  被告の主張

次に述べるとおり、昭和六二年四月二三日の就労時間については原告らから債務の本旨に従った労務の提供がなかったというべきであり、そうでないとしても、被告は同日原告らが就労することを拒否したもので、右就労拒否には正当な理由があるから、原告らの主張する時間については賃金請求権が発生しない。

1  原告らは、被告の東京支社の従業員で組織する文英堂労働組合東京支部(以下「支部組合」という。)の組合員であるところ、支部組合は、過去長期間にわたって、被告会社の許容していない組合外出やストライキを再三繰り返してきた。その具体的状況は、次のとおりである。

組合外出は、昭和四五年以降同六一年までみると、年間延べ人数にして最低八人から最高一六一人、延べ時間にして三二時間から五八七時間五〇分に及び、ストライキは、昭和五四年以降六一年までで、年間延べ人数にして最低八四人最高三五〇人、延べ時間にして一五一時間から四七四時間四二分に及んでいる。これを昭和六〇年以降についてみると、昭和六〇年はストライキが延べ三五〇人、四七四時間四二分、組合外出が延べ五七人、一七四時間五二分、合計延べ四〇七人、六四九時間三四分であり、昭和六一年はストライキが延べ三三〇人、三四五時間二分、組合外出が延べ一〇二人、二五六時間、合計延べ四三二人、六〇一時間二分であり、昭和六二年は一月から四月までの四か月間で、ストライキが延べ一七三人、一八八時間五分、組合外出が延べ一七人、四七時間三〇分となっている。

2  支部組合の組合員のする組合外出は、就業時間中に被告会社が許可していないにもかかわらず、時間内組合活動のためと称して勝手に職場を放棄して外出するもので、時には上部団体の大会出席などという目的を明らかにする場合もあるが、ほとんどの場合には支部組合が勝手に作成した外出届なるものを用い、所用欄ないしは目的事項を空白のまま提出して外出してしまうのである。

3  支部組合のストライキには、次のような特徴があり、実質的にはストライキに藉口した無断職場離脱、業務放棄にほかならない。

(一) ストライキの目的が示されず、いかなる要求を掲げてのストライキか分からない。例えば、昭和六一年一二月二日のように、朝の始業時前の組合の集会が始業時刻である午前九時に食込んでしまったところ、後になってその時間(九時三分までの三分間)についてスト通告を行ってきたことがあり、遅刻の事後的言訳としてストライキと称しているのが明らかなものさえある。さらに、組合外出名下に職場放棄をして処分されたため、実態は同じでありながら名目だけ一部をストライキに変え、組合外出とストライキを組合せて職場放棄をした例もある。

(二) 始業時、終業時あるいは昼休み時間に引掛けての短時間のストライキがほとんどで、実質的には始業時刻、終業時刻あるいは昼休み時間を恣に変更しているものにほかならない。

(三) ストライキの対象者として指名された個々人によって当日のストライキの時間帯がまちまちであったり、同一時間帯に職場放棄を行っている者が、ある者は指名ストで、他の者は組合外出であるというように相互の脈絡がまったく理解できない。

(四) ストライキの通告が予め時間的余裕をもってされることがなく、いつもその突入直前に抜き打ち的にされ、不意を突かれる形となる。また、指名ストの場合、誰がストライキに入ることになるか直前まで分からない。

4  被告は、右のとおり支部組合の行う組合外出やストライキによって会社の正常な就業秩序を破壊され、大きな打撃を受けてきたところ、支部組合は、昭和六二年四月二三日始業時である午前九時から一五分間のストライキを行った。そこで、被告は、同日九時一〇分すぎころ、支部組合に対して就労拒否通告書をもって、同日の原告らの労務の受領を拒否する旨の通告を行った。

5  会社の就業秩序は、始業時刻から就業時刻までの所定勤務時間を正常に勤務するということで組み立てられているのであって、原告らのように、違法かつ不当な職場放棄によって一方的、恣意的に一日の勤務時間を変更する場合には、その労務の提供はそもそも正常な労務の提供とは到底みられず、その結果初めから債務の本旨に従った履行がないことに帰し、賃金請求権は発生しないと解すべきである。したがって、違法かつ不当な一五分間のストライキを行った昭和六二年四月二三日については、原告らに賃金請求権は発生しない。

仮にそうでないとしても、被告の行った本件就労拒否は、支部組合の一連の違法かつ不当な行為により被告会社の正常な就業秩序が破壊され、被告側が著しく不当な圧力を受ける状況の中で、正常な就業秩序を回復し不当な圧力を阻止するための正当な防衛対抗手段として、ストライキと称する違法な職場放棄が強行された当日一日のみについてされたものであるから、正当である。さらに本件は、右のとおり支部組合の不当な行為に対抗してされた就労拒否であるから、組合側の正当な争議行為に対してされた場合に比して、より一層正当性を有し、使用者側が著しい圧力を受けなくとも許されるというべきである。したがって、原告らの賃金請求権は発生しない。

四  被告の主張に対する原告らの認否

被告の主張については、原告らが昭和六二年四月二三日被告主張のとおりストライキを行ったことは認めるが、その余はすべて争う。右ストライキは、被告が文英堂労働組合が申し入れた賃金体系、春闘要求などに関する団体交渉を拒否し、同月二一日突然被告が策定した賃金体系に基づく賃金を四月から支給する旨通告してきたことなどに抗議して行ったものである。

第三証拠(略)

理由

一  原告らの請求の原因については、原告らが労務の提供をした事実を除いて、当事者間に争いがないから、まず、右労務の提供の事実について判断する。

(証拠略)、原告星野守本人尋問の結果によると、

1  昭和六二年四月二三日午前八時四〇分ころから、原告ら支部組合員は、支部組合を支援する出版労連教材共闘会議の四名の常任委員とともに、被告会社東京支社ビル二階の事務室に集合したこと、文英堂労働組合は、同日被告の京都本社において午前九時から十五分間時限ストライキに入ることを書面で通告したが、支部組合も同日午前八時五〇分ころ、被告の東京支社の阿部課長代理に右時限ストライキを行うことと参加者が原告ら一五名であることを口頭で通告するとともに、支社長に要請をしたい旨申し入れたこと、そして、就業時間の九時になり、原告らは会議室に集まって支社長を待つこととしたこと、右申入れに対して被告側では、益井英博取締役が対応し、支社長は要請や抗議は受けない旨を事務室で支部組合に伝えたところ、会議室から事務室に出てきた支部組合員らと言争いになり、事務室内は騒然とした雰囲気になったこと、

2  午前九時一〇分を過ぎたころ、支社長室から阿部課長代理が持ってきた就労拒否通告書を支部組合に示したところ、支部組合員らは就労拒否の撤回を求めて口々に叫び、益々騒ぎが大きくなったこと、その後事務室内でしばらく押し問答をしていたが、九時三〇分ころになって、地下の食堂で話合うこととし、支部組合側七名、被告側三名が食堂に移り、他の支部組合員は会議室に入ったこと、

3  食堂では、支部組合側が就労拒否の根拠等を被告側に質し、これを撤回するよう求めたが、被告側はストライキに対する対抗手段であるなどと述べ、話合いは平行線をたどり、一二時近くに一時中断したこと、そして、午後一時ころ再開されたが、支部組合側は、被告が拒否しても午後から就労する旨を通告して、一時一五分ころ打ち切られたこと、その後原告ら支部組合員は就労したが、被告はこれを阻止しようとはしなかったこと、以上の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、原告らは、被告に対して九時一五分までと時間を限ってストライキを行っていたものであり、同時刻以降は就労する意思を明らかにしていたといえる。ところが、同時刻を過ぎても現実に労務を提供しなかったのであるが、被告が同日一日の労務の受領を拒否する旨を通告していた以上、右の時点で改めて就労申入れをしていなくても、右事実関係の下では就労拒否通告の撤回を求めることにより就労の意思があることが示されていたといって差し支えない。そうすると、原告らは、午前九時一五分以降就労の意思を示していたものといえ、午後一時一五分ころからは現実に就労したものであるから、請求の原因にいう労務の提供の事実が認められることになる。

二  被告は、原告らの労務の提供は債務の本旨に従っていないと解すべきであると主張する。被告の理由とするところの骨子は、原告らが被告の認めていない就業時間中の組合外出やストライキに藉口した無断職場離脱、業務放棄を長年にわたって繰り返し、被告会社の正常な就業秩序を破壊してきたから、ストライキに託けて一日の勤務時間を変更するような場合には、その日の労務の提供は債務の本旨に従っていないというものである。しかしながら、仮に被告のいうとおり、原告らの行為がストライキを口実に勤務時間を変更するようなものであったとしても、ストライキ以外の時間に提供された労務が被告にとって意味を持たないというような特段の事情がない限り、当該労務の提供が債務の本旨に従っていないということはできないというべきである。本件においては、原告らは始業時刻の九時から一五分間ストライキを行い、その余の時間について労務を提供したものであり、右一五分間を除くと就労しても意味がないというような事情を認めるに足りる証拠はないから、原告らの労務の提供が債務の本旨に従っていないという被告の右主張は、採用することができない。被告の主張するように、組合外出やストライキが長年にわたって繰り返されたとしても、この判断を左右するものではない。

三  次に、被告は、正当な理由に基づいて就労拒否通告をしたのであるから、賃金請求権は発生しないと主張するので、この点について判断する。

使用者が労働者から提供された労務の受領を拒否することにより賃金支払義務を免れるのは、使用者側からする争議行為の一種であって、これが許されるのは、労働争議の場において労働者側の争議行為によって労使間の均衡が破れ、使用者側が著しく不利な圧力を受けることになるような場合に限られると解されるところ、(証拠略)によれば、被告が主張するように、原告らが長年にわたって短時間のストライキや就業時間中の組合外出を再三繰り返してきたことを認めることができ、これらのストライキ等により被告会社の就業秩序に相当な乱れが長年継続的に生じていたことは、想像に難くない。しかしながら、その乱れは最近になって急に甚だしいものとなったというわけではなく、恒常的ともいえるような被告会社の就業秩序の乱れが、本件ストライキが行われたことにより耐え難い程のものとなったとは考えられない。したがって、本件ストライキにより被告側が著しく不利な圧力を受けたものとは認められないから、被告の右主張は失当である。被告は、原告らのストライキが違法、不当なものであったことが就労拒否の正当性を根拠付けるから、このような場合には、使用者側が著しく不利な圧力を受けなくとも労務の受領拒否が許されると主張する。しかしながら、労務の受領拒否が正当性を有するためには、労使間の勢力の均衡を回復するための対抗防衛手段として相当であることも要求されると解すべきところ、仮に被告の主張するようにストライキが違法なものであったのであれば、これに対する懲戒処分等により就業秩序の回復を図るという手段も考えられるところであるから、本件において就労拒否という手段を取ることが相当かどうか問題となり、かえって就労拒否の正当性に疑問が生じる。したがって、被告の右主張は、採用できない。

そうすると、労務の受領拒否により賃金請求権が発生しない旨の被告の主張は、理由がないことになる。

四  右によれば、原告らの本件賃金及びこれに対する遅延損害金の請求はすべて理由があるから、これを認容して、主文のとおり判決する。

(裁判官 相良朋紀)

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